福山桂子第五回個展「広島、1945.8.6 vol.2」のお知らせ


 みなさま、いかがお過ごしでしょうか。この秋、十一月に五回目の個展を開催いたします。埼玉県にある原爆の図丸木美術館での展示です。もしお越しの際には、どうぞお気をつけてご来場ください。


◯福山桂子第五回個展「広島、1945.8.6 vol.2」

◯会場:原爆の図丸木美術館(〒355-0076 埼玉県東松山市下唐子1401、TEL:0493-22-3266 )

◯会期:2021年11月5日(fri) - 2021年11月12日(fri)、AM9時開館 - PM5時閉館、月曜休館

※製作者は会期中、毎日会場におります。おいでの際は、お声をかけてください。お待ちしております。

※入館に際しましては入館料がかかります。駐車場がございます。交通アクセスなどのご利用案内は原爆の図丸木美術館のウェブサイトをご参照くださいますよう、お願いいたします。

https://marukigallery.jp


<< 出品目録 >>


・(赤核)2=0 (原爆への怒りと後遺症発症への悲しみを込めて)

・敬文(としふみ)と淑子 (8月6日に学徒動員中14才で被曝した敬文叔父を探し回る祖父儀六の視点を想像して)

・ブルーピース(Blue Peace) (平和の花は瓦礫と悲しみの中に)

記憶  (想起し想いを巡らせながら)

夏の花 

     黒い雨 (あの日は黒い雨が降った)

     祈り (鎮魂と決意)

     水をください (人は水を求めて川に入った)

     夏の花 (非核を誓う)

管弦祭 

     歹  (残骨を拾う)

     折り鶴  (祈りを込めて)

     てのひらに平和のかけら  (平和の花を守る)

       (それでも生きている)

  (炎は走り、人を呑んだ)

                                 以上


<< 作品紹介 >>


(赤核)2=0(2013)

 球体作品、2重構造、中央に赤い核、それを覆う緑色の殻には14の赤い尖った突起。突起のうち一つは中空になっており、中央の赤い核を覗ける。中央の赤い核は、さらに別の核が産まれ増えるかもしれないことを暗示。核兵器が数または性能的に2乗となり使用されることがあれば、不毛の地となるかもしれないことに対する恐怖と核への怒りを表現。


敬文と淑子(8月6日、そしてその後)(2014)

 球体作品と周囲を取り囲む小作品群。表題は叔父と叔母の名前。叔父は14歳で被爆し全身火傷、8月8日に没した。叔母は被爆68年後白血病前状態となり5−6年の闘病ののち白血病となり没した。70年後にも放射能被害は続く。叔父を探し歩いた祖父の視点から描いた。


・ブルーピース(Blue Peace) —血を流し、衰え、泣いている(2015)

 多数の穴の空いた四体の黒い複合体(各2つの三角錐の組み合わせ)で構成。中央に青い球体(青い花)を抱く。青い球体は五弁の青い花12輪で形成され、花弁には青と白の線状の練り込み技法を用いた。2つの三角錐の組み合わせは、上下の大きさの比率も異なり、不安定感をもたらす。各三角錐の表面に流れる血と、また人(頭手足)が多数。


・夏の花(2019)

 4つの作品群からなる。原民喜の被爆体験を描いた同名小説から名前を拝借。


 夏の花

 丸い形の空洞構造(繭)とその上に乗る手20体(展示は部分)で構成した。様々な形の手が繭を破って這い上がり繭に乗っている。側に枯れた青いバラの花を添えた。


 水をください

 赤い三角錐に乗る手10体で構成(展示は部分)した。穴の多数空いた三角錐は焼け残った建物や卒塔婆をイメージしている。


 黒い雨

 黒い三角錐に乗る手10体(全作品)で構成した。手には黒い雨痕が残る。


 祈り

 10組(展示は部分)の合掌する白い手、手に寄り添う手で構成した。


・記憶    (黒い記憶 赤い大地 青い空 ※展示なし)(2010、2020)

 いずれも約35cm x 35cm x 3cmの方形板状作品。直径約2.5cm高さ3cmの底のないすり鉢型を150個程度寄せ集め方形の枠内に収めた。すり鉢には底がなく、内容物を止めることはできない。爆発の瞬間と、残像。その後の心象風景。黒い泥のような記憶、焼けて赤くまたは黒くなった土、閃光が飛び散って割れた青い空。


・管弦祭(2021)

 竹西寛子の小説に名を借りた。作品(歹、折り鶴、平和のかけら、鴉)からなる。


 歹(がつ):骨拾いと、掴まえて、の2作品群で構成

 8月6日に体調不良で自宅療養し死を逃れた少女が、原爆後に焼け落ちた母校の瓦礫の間に残された指の骨を拾う。小説内のその情景に触発された。被爆死した人の多くの骨が、全て拾われ、丁重に葬られたか?多くの遺骸は名前も判明しないまま、山と積まれて焼かれた。火災に巻き込まれて骨になった方々も多い。火傷で川に逃れ、そのまま亡くなり、流され、骨となった方々も多かった。広島の焼け跡だけではなく激戦地には骨が残る。人には名前があったが、名の無い骨の散らばる焼け跡を想いながら、制作した。


 折り鶴(20の小作品の一部)

 平和公園の「原爆の子」の像は、両手を広げ大きな折り鶴を掲げている。平和を祈る象徴で、平和の祈りを伝えて欲しいという願いが託されている。陶土で折り鶴を造形。掌に大小の折り鶴をのせ、平安への祈りとした。同僚の「掌に折り鶴を乗せた写真」に想を得た。


 てのひらに平和のかけら(11の小作品の一部)

 青い花によって構成された鞠を掌に乗せている。この鞠は、ブルーピース(2016年制作、今回展示中)の三角錐の中に収められた芯の花の、かけら。一人一人の花(平安への想い)が、戦争のない、核のない、平和を築いている、築いていくと信じ、祈っている。


 鴉

 札幌市での日常の中で、鴉が日没際に飛びゆく光景が寒々しく、鴉を主題とした作品が作りたかった。鴉が群れて木や電柱に止まり、互いに高さを競い合って羽を広げ牽制し合う。春には巣の下を通る人の頭上近くを飛び、威嚇してくる。ゴミ袋を下げて歩く人の頭を執拗につつき、ゴミを奪おうとする。そんな鴉は不吉の象徴のはずだった。

 ところが鴉を造形し始めると、妙に愛しい。できあがった鴉たちを憎めない。瓦礫や壊れたビルや、倒れ亡くなった人々の群れの中にいて、鴉は生きている。鴉の生は、邪悪ではなかった。ご遺体を啄む鴉を嫌うことに、正当性はなかった。ただあの時、あの空間に立ち会い、生き残った生だった。生きているかぎり食す、それだけだった。

 生きている鴉と亡くなった人たちを並べ、8月6日以後の情景として描いた。


・炎(2021)

 火はどのように燃えていたのか。火は人を包む。人は空を仰ぐ。逃げようと転びつつ、助けを求めて手を伸ばす。火はその手も容赦なく包んだ。人は倒れ、髪の毛にも火がついた。火は100mも、200mも走った。人は逃れられず、火に巻き込まれた。




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